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諏訪簡易裁判所 昭和36年(ろ)3号 判決

被告人 茅野秋男

昭四・九・一生 農業

主文

被告人を罰金四、〇〇〇円に処する。

右罰金を完納することができないときは、二五〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

被告人から六四六円を追徴する。

被告人に対しては選挙権及び被選挙権を停止しない。

訴訟費用は被告人に負担させる。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和三五年一一月二〇日施行の衆議院議員総選挙に際し、選挙人であつて、且つ右総選挙に長野県第三区から立候補した柿木卓美の選挙運動者であるが、立候補の届出前である

第一、昭和三五年九月一七日長野県茅野市大字宮川四、二八七番地料理店「金泉」こと小平さくよ方で開催された柿八年会宮川支部結成準備会々場において、前記柿木卓美の選挙運動者である本山暢哉から、同人が右総選挙に柿木卓美において立候補した際は同候補者に当選を得しめる目的をもつて投票並びに投票取りまとめの選挙運動を依頼しその報酬として提供するものであることの情を知りながら、一人前約二六六円相当の酒食の饗応接待を受け、

第二、同月二五日同県上伊那郡南箕輪村沢尻八、六三二番地成田山恩徳寺こと川上宥人方で開催された柿八年会南箕輪支部結成大会々場において、前記本山暢哉から、同人が前記柿木卓美の選挙運動者である加藤利司及び清水享と共謀の上前記第一記載の趣旨のもとに提供するものであることの情を知りながら、一人前約一三〇円相当の酒食の饗応接待を受け、

第三、同年一〇月二二日同県岡谷市小井川区八、四六一番地肉店米久商店こと窪田栄一方で開催された柿八年会岡谷支部結成準備会々場において、前記本山暢哉から、前記第一記載の趣旨のもとに提供するものであることの情を知りながら一人前約二五〇円相当の酒食の饗応接待を受け、

たものである。

(証拠の標目)(略)

(公訴事実第二の本位的訴因に対する判断)

検察官は公訴事実第二の本位的訴因として、「被告人は、本山暢哉、加藤利司及び清水享と共謀の上、昭和三五年九月二五日前記成田山恩徳寺こと川上宥人方において、選挙人にして同選挙運動者である清水幸平外二一名に対し、前同様の趣旨(柿木卓美において立候補した際は同人に投票取り纒めの選挙運動をするよう依頼する趣旨)のもとに一人前約一三〇円相当の酒食を提供して饗応接待し、以つて事前運動をなしたものである。」旨主張している。

然し乍ら、証人本山暢哉、同加藤利司、同清水享の当公判廷における各供述、本山暢哉の検察官に対する昭和三五年一一月三〇日付(甲)供述調書、並びに被告人の当公判廷における供述によれば、被告人は昭和三五年九月二五日当時、柿八年会事務局長であつて同会の機関紙であつた柿八年新聞編集長を兼ね同日新聞取材の目的を主として前記成田山恩徳寺において開催された柿八年会南箕輪支部結成大会に出席したものであるが、開会に先立ち本山、加藤、清水らが会費制という名目で一杯飲もうという相談をした際、被告人はこれに加わつていなかつたばかりか、加藤及び清水は結成大会の席上自己紹介した際に始めて被告人を知つたもので、その後直接話し合つていないことが認められ、更に被告人の検察官に対する同年一一月二五日付、司法警察員に対する同月二二日付、同月二三日付各供述調書、証人本山暢哉、同柿木卓美の当公判廷における各供述によれば、被告人は開会前に会場附近で柿木から「本山らが一杯飲もうといつているが困つたものだ」と聞き、柿木や本山に対し「選挙前だから酒を飲むのはいけない」と反対したことが認められる。そして被告人は反対はしたけれども、結局会場から退出することなく、判示の如き情を知つて宴席に列席し饗応接待を受けた事実は前掲(証拠の標目)摘示の証拠により認めることができるが、更に進んで反対の意思を翻して積極的に本山らと謀議しその供与行為に加担しもつて事前運動をなした事実を認めるに足る証拠はない。もつとも、被告人の司法警察員に対する同月二二日付供述調書七項に「一応反対はしましたが、集つた人達がすでに一杯やる気持ができている以上は、準備委員の人達のメンツもあるし、今後会を運営していくためには、酒を御馳走しなければならないと思い、ついに大勢に押された形で酒を御馳走することをどうでも断わるということなく認めてしまつたようなわけです。」との供述記載部分があるが、その表現は曖昧で到底供与の具体的な謀議内容を自白したものとはいゝ難く、又被告人の当公判廷における供述及び前掲各供述調書並びに証人本山暢哉の当公判廷における供述によれば、被告人は酒宴の途中本山から領収書用紙を渡されて、柿八年会南箕輪支部清水享名義で金額一五〇円の領収証三〇枚位を作成して本山に交付したが、その後右領収証の取扱には全然関与していないこと、大会終了後本山の依頼で同人から預かつた五、〇〇〇円を会場の管理者川上宥人に当日の諸経費として交付したことが認められるが、単に領収証を作成し、事後当日の経費を支払つたという事実をもつてしては、被告人の前示の如き地位、立場を考慮しても、被告人が本山と順次共謀して積極的に供与行為に加担したと認めるに足りない。

従つて公訴事実第二の本位的訴因は犯罪の証明がないというべきである。

(公訴事実第二の予備的訴因と公訴事実の同一性)

公訴事実第二の本位的訴因は前項摘示のとおりであつて公職選挙法第二二一条第一項第一号第二三九条第一号第一二九条に該当し、これに対し追加された予備的訴因の要旨は(罪となるべき事実)第二摘示のとおりであつて同法第二二一条第一項第四号に該当するところ、右はいずれも選挙の公正を害する行為であつて、殊に同法第二二一条第一項第一号違反罪と同項第四号違反罪とは、選挙人、選挙運動者などが不法不正の利益を授受することによつて選挙の公正を害する行為を処罰せんとするものであつて罪質が同一であり、且つ右本位的訴因と予備的訴因とは、犯罪の日時、場所、供与者、受供与者、饗応接待の趣旨内容などを同じくし、単に被告人が供与側か(従つて同時に事前運動となるか)被供与側かという評価の相違にすぎないから、公訴事実の同一性ありと認められる。従つて本件訴因変更(予備的訴因追加)は適法である。

(法令の適用)

被告人の判示所為は、いずれも公職選挙法第二二一条第一項第四号罰金等臨時措置法第二条に該当するので所定刑中各罰金刑を選択し、以上は刑法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四八条第二項により各罪の罰金の合算額の範囲内で被告人を罰金四、〇〇〇円に処し、被告人が右罰金を完納することができないときは同法第一八条により二五〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、被告人が判示各所為により供与を受けた合計六四六円相当の利益は、これを没収することができないから公職選挙法第二二四条によりその価額六四六円を追徴することとし、本件は犯罪の動機、態様に照らし被告人が国民として有する重大な権利である選挙権及び被選挙権を剥奪しなければならない程悪質とはいゝ難く、被告人の経歴その他諸般の情状を考慮し、被告人に対しては同法第二五二条第三項により選挙権及び被選挙権の停止を規定する同条第一項を適用しないこととし、訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文を適用して全部被告人に負担させる。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 竹田稔)

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